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寄稿文「消費者志向経営の理念と消費者庁の役割」

河津 司(※36)(※37)

ACAPとの出会いが消費者志向経営の推進へとつながった

まずは、なぜ消費者庁が消費者志向経営の推進を掲げ、消費者基本計画の改定にも重要な項目として入ることになったのか、その経緯についてお話しさせていただきます。

私が消費者庁に在籍していたのは、2013年から2015年の2年間です。当時、消費者庁は発足してまだ5、6年目で、消費者団体の方とは接点が多いものの、企業の方などとはまだ接点が少ない状況でした。そんな中、私が消費者調査課担当になり、ACAP(消費者関連専門家会議 ※以下:ACAP)の方々と関わることが増え、彼らが掲げていた消費者志向経営の定義について、詳しく教えていただくことができたのです。

私が入庁した最初の年に公益通報者保護法を担当したのですが、そのチームにACAPの専務理事をされていた川野洋治さんが任期付き職員として参加されていました。
公益通報者保護法の普及促進のために全国の消費者の方や企業の方向けに法律説明会を行うという予算があったのですが、その執行の議論の中で私が「必要なのは単なる法律の説明ではなく、内部通報は結果的に会社を救うものだという本質的な話ではないのか。不正行為でニュースになり企業が全面的に信頼を失う事態になる前に、健全な自浄作用を促すことこそが重要だ。公益通報の意義は、そこにあることをしっかり伝えよう」「そのためには企業人に内部通報の意義を語ってもらうのが一番説得力を持つ」と発言した際、川野さんはそれに強く同意してくださいました。
そしてすぐにご自身のネットワークを使って講師を人選し、日程も調整して、公益通報者保護法の意義について正しく伝えるための説明会を全国で開催してくださったのです。私も説明会に参加して講演を聞きましたが、企業の生の声を伺うことができて私の財産になりました。また、あまりの人選の手際の良さに驚いたので、川野さんに「すごい人脈ですね」と伺ったところ、「ACAPのネットワーク力ですよ」との返事で、その時にACAPの底力を認識しました。

こうした出会いもあり、川野さんを始めとしたACAPの方々と深い関係性を構築することができ、彼らが掲げている消費者志向経営の定義についても、さまざまな学びを得ることができました。
消費者が使いやすい商品開発の考え方、消費者の声や御意見をどうやって商品やサービスにフィードバックしていくか、そうした考えをどう経営に組み込んでいくか、といったお話をたくさん聞かせていただき、消費者志向経営の奥深さを学ばせてもらいました。
こうして得られた知見をまとめ、「消費者基本計画の中に消費者志向経営の推進を盛り込もう。消費者行政の一つの柱として推進していこう」という方向に決まった、というのがおおまかな経緯です。もちろん川野さんにも確認し、「それは嬉しいです。ぜひお願いします」と言っていただくことができました。

消費者志向自体が企業の大きなメリットになる

企業が消費者志向経営を進めていくには、経営トップのコミットメントが非常に重要です。トップがしっかりと「消費者の声を少しでもこぼれないように拾い上げよう」「そこにしっかりと人材や資金のリソースを投入していこう」という経営判断を行い、その方針を示さなければ、現場までその意識は浸透しません。

消費者庁としては、そういう企業や経営トップを増やしていく施策を考えなければならないため、どうしても「消費者志向経営を行う企業に対し、何か直接的なメリットを打ち出すべきではないか」という議論になりがちです。
例えば、「消費者志向経営を打ち出している企業を、金融・融資面で優遇できないか」などの案もあるかと思いますが、私はあまり現実的ではないと思いますし、消費者志向経営の本質からは少し離れているようにも感じます。

というのも、そもそも消費者志向経営は自主宣言であり、本来まっとうな企業であれば当たり前にやることではないか、という考えがあるからです。
消費者の使いやすさを考えて商品開発を行ったり、消費者の声・御意見を基に商品やサービスを改善したりすることは、本来企業経営の王道ですし、それが長期的にヒット商品や大きな売上につながる可能性もあります。また、何よりもそうした企業は消費者からの信頼という非常に大きなメリットを得ることができます。逆に言えば、消費者志向経営を行う企業は、それだけで潜在的に大きなメリットを得られているともいえるのではないでしょうか。
そうした考えから、「消費者志向経営の宣言をしている/していない」で、何かしら付加価値的な優遇措置があるというのは、本質からは少し外れてしまうように思います。

一方で、「消費者対応は二の次でいい」といった考え方の経営トップがまだいることも事実ですし、そうした企業よりも消費者志向経営を行っている企業が報われるような仕組みが必要だ、というのはその通りだと思います。
例えば、消費者志向経営を行っている企業の商品・サービスを、カタログギフトのような形で紹介していくような施策があるとよいのではないでしょうか。直接売上につながれば一番よいですが、「この企業はこういう取組をしていて、こういう商品を出している」と消費者に知っていただくきっかけになるだけでも、効果はあると思います。

消費者庁はリコールなどの際にも企業と消費者の架け橋になって混乱を防ぐことができる

消費者志向経営を行う企業に対し、消費者庁ができることは他にもあります。
例えば、最近ではオンラインモールで、リコール製品や安全ではない製品が出品されることに対応するため、関係省庁のほか、Yahoo!や楽天、Amazonなどの企業と連携する取組も進められていると聞いています。
こうした行政と企業間の協働推進は、ホワイトな事業者を守ることや、業界全体の信頼回復、消費者の方々の利益にもつながります。

行政と事業者間の協働に関して言うと、省庁同士の横の連携も重要になってくるのではないでしょうか。危険な商品による事故やリコールなどについては、消費者庁だけでなく経済産業省などとの調整も必要です。
過去の事例では、ネオジム磁石や樹脂ボールの誤飲事故防止のための取組などがそれに当たると思いますが、省庁同士のスムーズな連携・調整が、企業や消費者の方々に正しい情報を発信すること、ひいては危険を未然に防ぐことにつながります。

そして、消費者庁が企業に対してできる重要な役割として、リコールや回収の際のサポートがあります。
リコール・回収事案が起きた際に、企業と消費者庁が連携できていれば、消費者の方々から「どうなっているんだ」と苦情のお電話などが来た際にも、全国の消費生活センターでお受けして、「落ち着いてください」と正しい情報をお伝えすることができます。また、その間に企業は記者会見やコールセンターの立ち上げ準備などができるのです。
ですから、「大きなリコール・回収の事件の際には、すぐに消費者庁を頼ってほしい」ということを普段から企業に伝えておくことも重要だと考えます。

私が当時経験したリコール事例としては、マルハニチロの冷凍食品農薬混入事件と、カネボウ化粧品の白斑事件がありました。
マルハニチロの事例は事件が起きたのが年末だったこともあり、コールセンターや記者会見の準備が遅れてしまい、消費生活センターでも電話が受けきれない状況に陥ってしまいました。当時の消費者安全課長が「もう少しでも早くご相談があれば、いろいろ助言できたのに」と言っていたことを覚えています。
一方、カネボウ化粧品の事例は早めに御相談いただいたこともあり、コールセンターの立ち上げから記者会見の想定問答までしっかりと準備することができました。そこからカネボウ化粧品は積極的な自主回収を宣言され、今も被害者の方との和解状況を定期的に御報告されていると伺っています。企業として、その後も含め非常に適切な対応をされたと思います。

リコール・回収事案などが起きた際は、メディア報道の影響もあり、消費者の方はなかなか冷静ではいられないものです。そうなると、企業からの情報発信は消費者には届きにくくなってしまいます。
そうしたときに、我々消費者庁がハブとしてサポートし、正しい情報を広げることができれば、結果的に消費者の混乱を防ぐこともできます。これは、消費者庁が担うべき大きな役割だと思います。

消費者と企業との信頼関係を支えることが消費者庁に期待される大きな役割

リコール・回収事案の際に限らず、企業と消費者をつなぐ役割を担っていくことは、消費者庁に期待される大きな役割だと考えます。

私が消費者庁に在籍していた頃、消費者団体の方々とお話させていただく機会が多かったのですが、その中で感じたのが消費者側の企業への不信感です。もちろん、全てではなく一部の方々ですが、「しっかりと消費者が見ていないと、企業はお金儲けばかりを重視してしまうのではないか」といった不安をお話しいただくことが何度かありました。
現実には、確かに消費者の意見より売上を優先する企業も一部いるものの、全てがそうではなく、多くの企業は「お客様、消費者の方々のため」という視点をもって、商品開発やサービスを行っていると思います。しかし、企業・消費者間にはどうしても認識のギャップがあり、企業のスタンスが伝わらない場合もあるということを、実際のお話の中で実感しました。

だからこそ、消費者庁は消費者の側と企業の側、どちらにも寄り添いながら、どちらかに傾くのではなく、両者をつなげる存在、消費者と企業との信頼関係を支える存在でいることが大切ではないでしょうか。
先ほどの企業と連携してオンラインモールへのリコール製品や安全ではない製品の出品に対応する取組などもそれに当たるかと思いますが、消費者の方々が抱いている企業や業界への不信感、不安といったものを払拭できるような取組・発信も今後は必要になってくると考えます。

消費者基本計画に消費者志向経営の推進を盛り込むことも、消費者志向経営を宣言している企業を世の中に周知していく取組も、最終的には消費者と企業をつなぎ、両者に利益をもたらすことにつながります。新たな施策や取組を考える際にも、その役割を意識してほしいと思います。

消費者志向経営が当たり前になる世の中を目指してほしい

消費者志向経営を行うには、そのための人材や資金などコストがかかりますが、企業にとって必ずベネフィットがあるものだと私は考えます。消費者の声を製品やサービス、経営に活かしていくということは、必ず消費者からの信頼につながりますし、それは長い目で見ればその企業が生き残っていく大きな要因になります。
そして、消費者志向経営が広く浸透した世の中というのは、消費者にとっても企業にとってもメリットがある世界だと思います。

だからこそ、消費者庁としては宣言企業の数を将来的にどう増やしていくか、ということが課題になると思うのですが、私としては重要なのは「宣言企業数を増やすこと」ではなく、「宣言している/していないに関わらず、そうした理念をもった企業や経営トップを増やしていくこと」だと思います。
実際に、世の中には消費者志向経営を宣言しなくても、それを当たり前のことだと考えて行動している企業はたくさんあるのではないでしょうか。そういう企業を見つけ、ピックアップし、広く世の中や消費者に紹介していくことも消費者庁の重要な仕事です。

そのためには例えば、経済団体連合会会員企業にアンケートなどを行い、そうした企業を発掘していくという取組や、商工会議所などと連携して中小企業にも消費者志向経営を浸透させていくという取組などが思いつきます。また、経営トップがしっかりと人材や資金を投入し、現場任せにせずに、率先して消費者志向経営の考えを社内に伝えていくことも大切ですので、経営層に向けた啓蒙的な取組も必要になってくるでしょう。そういった形で、理念や行動原理として消費者志向経営を浸透させていくことが重要なのです。

消費者志向経営の考えが当たり前のものとして、広く日本中の企業に伝わっていくことを目指して、今後も消費者庁の皆さんにはご活躍いただきたいと願っています。


  • (※36)一般社団法人日本貿易会専務理事。元・消費者庁審議官。
  • (※37)本稿はヒアリングを再構成したもの。

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