寄稿文「消費者行政の最前線~地域における消費者行政の歩み~」
小堀 厚司(※4)
「消費者行政の現場は地域にあり」。地方公共団体の消費生活センターや相談窓口は、消費者との接点であり、消費者からの苦情・相談を受け付け、解決のための助言や事業者とのあっせんのほか、消費者トラブルに関する普及・啓発などを行い、被害の未然防止・拡大防止に大きな役割を担っています。また、相談情報は、PIO-NETを通じて、消費者庁や各省庁、国民生活センターによる注意喚起、啓発、法執行、制度改正などの重要な基礎データとなります。
筆者が地方消費者行政を担当したのは2020年からの2年間というわずかな期間であり、このテーマを担当するに相応しいか自信はないですが、長く消費者庁にいるなかで見聞きした経験から、消費者行政における地域の役割、意義をお伝えできればと思います(あくまで、個人としての見解や想いです)。
1 現場訪問 ~施策を考えるヒント~
筆者が初めて消費者庁に着任した2010年以来、多くの現場で貴重なお話を聞かせていただきました。これは、後に地方協力課の担当として考える上で大変役立つものとなりました。
10年以上前になりますが、大臣秘書官時代には、都内の、東京都消費生活総合センター、新宿区、八王子市のセンター視察に随行しました。広報室時代は当時の「車座ふるさとトーク」の担当として、大臣政務官とともに千葉県船橋市や、ポートアイランドにある兵庫県のセンターを訪れ、地域で消費者行政に貢献いただいている方々のお話を聞くことができました。
印象に残ったのは、消費生活相談員の方々のご苦労やご努力でした。相談に適切に対応するには、法制度、トラブルの類型など多くの知識が必要であり、また、時代とともにそれらはアップデートが必要です。さらに、知識だけではなく、電話での応対、話し方のスキルなど、本当に努力をされ、ご苦労もされていることを感じました。相談の内容を聞き取り、助言をし、PIO-NETに入力し、時には事業者との交渉も行う。知識・技術、経験の積み重ねが重要であり、こうしたお話を聞いたことが、私にとっては地方消費者行政を考える上での最初の原点だったと思います。
2016年には地方創生における政府関係機関の移転を担当することになりました。この議論そのものは他の方に譲りますが、筆者は2度の「試行的滞在」の現場担当者として徳島県に向かいました。第1弾は、徳島県神山町で約1週間行われ、テレビ会議システムを使った業務実験をする傍ら、県内の、消費者教育やエシカル消費といった徳島県の「強み」をみせていただきました。今でも、エシカル甲子園のような取組につながっていると思いますし、消費者教育は地域の大きな役割の一つということを改めて実感しました。
もう一つ印象的だったのは、徳島県の方々は「課題先進県」と仰っていましたが、消費者行政に限らず、高齢化や人口減少といった将来的な課題が強く意識されていたように思います。行政の担い手をどう確保していけばよいかといったことも含め、消費者行政も従来と違ったアプローチがいるのではないか、と漠然と感じた記憶があります。その中で、「地域の人のつながり」という点で、神山町の「人が集う仕掛け」であったり、板野町の見守りネットワークの取組、後に地方協力課長として訪れた阿波市での、消費生活センターと福祉の相談窓口の相互連携(市役所の同じフロアにある)など、多くのヒントをいただだきました。
2 消費者庁の取組 ~地域における体制整備~
地方消費者行政の体制整備は、消費者庁設立時の大きなテーマでした。ここでは消費者庁設立後の取組を紹介します。
(1)地域における相談体制の構築
消費生活センターは、消費者庁ができるずっと以前から、地域における消費者行政を担ってきました。兵庫県が、「神戸生活科学センター」・「姫路生活科学センター」を開設したのは1965年であり、長い年月をかけて、多くの方の尽力で各地にセンターができました。そして、消費者庁設立時の「消費者行政推進基本計画」(2008年)では、「全ての消費者が何でも相談でき、誰もがアクセスしやすい一元的な消費者相談窓口の整備」や「一元的な消費者相談窓口に共通の電話番号を設ける」との方針が示されました。
これを実現するため、地方消費者行政活性化交付金により各都道府県に「地方消費者行政活性化基金」が造成され、2009年度からの3年間を地方消費者行政の「集中育成・強化期間」と位置付け、主に、「消費者教育・啓発事業」、「相談員配置・増員等」、「消費生活センター・相談窓口設置」の体制整備事業に活用されました。また、「国民目線の消費者行政の強化充実は、地方自治そのもの」(同計画)であり、地方公共団体において安定的な取組が可能となるよう、地方交付税措置が大幅に増額されました。
制度面では、2014年の消費者安全法の改正は、消費生活相談員の職や相談員資格制度を法律上位置づけること、国や国民生活センターが研修等必要な援助を実施することが明記されるなど、相談業務の質や相談員の地位の向上を目指すものとなりました。こうした予算面、制度面の取組もあり、2015年度には消費生活相談窓口が全ての地方公共団体に設置され、相談体制の空白地域が解消されました。また、相談員がいるなどの一定の条件をみたした消費生活センターの数は、2009年の501か所から2023年には857箇所となりました。
0570-064-370(「ゼロ・ゴー・ナナ・ゼロ守ろうよみんなを」と読みます)を覚えていますでしょうか。地域のセンターの連絡先を知らない消費者に、近くの相談窓口を案内する全国共通番号の運用が2010年から始まりました。さらに、2015年には3桁「188」のより分かりやすい番号となるなど、消費者庁設立時に目指した相談窓口のネットワークが徐々に実現していきました。
(2)見守りネットワーク・消費者教育の広がり
2014年の安全法改正のもう一つの重要な点は、見守りネットワーク(消費者安全確保地域協議会)の法定化です。自ら相談が難しい方などの消費者被害を防ぐために、地方公共団体と、福祉・医療関係者、警察や消費者団体、民間事業者、自治会の方などが連携して見守り活動を行う協議会を設置できることが規定されました。相談が来るのを待つだけではなく、被害がないかを見守る、啓発を行うといったことを積極的に行うという考え方です。
ネットワーク作りには、福祉部門との連携が有効であり、地方協力課時代には、地方自治体の方々に設置をお願いしたり、厚生労働省と連名で通知を出したりといったことをしてきました。「自治体の中の部局間の壁が大きい」「個人情報の取扱いは難しい」などいろいろな声を聞きましたが、それでも、徐々にではありますが設置自治体数は増加し(2024年3月末で487自治体)、現場における福祉部局との連携や、宅配事業者によるチラシ配りのような好事例も聞かせていただきました。まずは、啓発のようなライトな取組からスタートし(広く設置を促し)、段階的に活動を発展させていくのもよいのではないかと感じました。
また、消費者教育の拠点としても地域は重要です。消費者教育推進法は、地方公共団体の責務として、「消費生活センター、教育委員会その他の関係機関相互間の緊密な連携の下に、・・・(中略)・・・施策を策定し、及び実施する責務を有する」としています。地域での連携を円滑にする役割として、47都道府県に消費者教育コーディネーターが配置されていて、好事例もみられるようになりました。
消費者自身の「自助」を助ける消費者教育、官民の「共助」としての見守りネットワーク、トラブルに遭遇した際の「公助」となる消費生活相談、これらが一体となって消費者被害の防止につながることが期待されます。
3 次の時代に向けて
消費者庁では設立以来、消費生活相談など地域における体制整備を支援してきました。他方、筆者が地方協力課に在籍したころ(2020年から2年間)は、高齢化、デジタル化、人口減少など社会が変化する中で、次の時代に相応しい姿を考えていこうという時期だったと思います。最後に、その間取り組んだ、相談員の方の環境整備(引き続き大事なテーマ)と、新プロジェクトであるデジタル・トランスフォーメーション(DX)についてお話しします。
(1)消費生活相談員の方々が力を発揮できる環境づくり
相談員の数が減少するという課題に直面し、担い手確保のための資格試験講座を始めたり、処遇改善について地方自治体の方と顔を合わすたびにお願いをしていた記憶があります。地方消費者行政強化交付金に、指定消費生活相談員や主任相談員の方の報酬の上乗せ分をメニューとして加えました。会計年度任用職員制度の導入も相まって、消費生活相談員の平均報酬額(1時間当たりの報酬単価)は、増加をしました。
また、新型コロナの流行により、相談員向け研修の機会が減少してしまう問題もありました。国民生活センターには、オンライン研修の増加(現場から要望があった視聴期間の延長も)をしていただきました。コロナ後もオンライン研修は行われていますが、相談員の方からよく聞くのは、相模原の研修施設で、みんなで集合研修をする、悩みを共有するといった機会もとても貴重だということです(相模原は聖地でもある)。冒頭述べたように、相談対応には多くの知識やスキルが必要であり、今後も、集合研修とオンラインを組み合わせつつ、充実することを期待しています。
このほか、相談の場において、相談者の大声、罵詈雑言など、相談対応困難者の問題もあり、相談員の方々の協力も得て、「対応困難者への相談対応標準マニュアル」を作成しました。相談者の話を丁寧に傾聴することは大事ですが、「罵詈雑言等消費生活相談とは言えない状況になったら、「傾聴」から「相談終了」へと対応を切り替える」といったことを盛り込んでみました。少し勇気のいる表現でしたが、相談員の方からも評価いただいたのを覚えています。
(2)デジタルトランスフォーメーション(DX)
2020年から、消費生活相談のデジタルトランスフォーメーション(DX)のプロジェクトを開始しました。相談に関しては、消費者の利便性の向上が大事であり、FAQの充実により夜中でもスマホで解決法が分かるとか、メール等による相談手段の多様化などが考えられます。PIO-NETの刷新についていえば、相談員の方の入力負担の軽減や、専用回線ではなくクラウド化する(センター以外でPIO-NET情報を見ることができない)といった課題がありました。
当時の議論でできたコンセプトとして印象深かったのは、「機械でもできることは機械にやってもらい、人の業務の負担軽減や高度化(人がやるべきことにより注力)を図る」というものでした。単純なデジタルシフトというわけではありません。定型的な相談はFAQをみていただく、PIO-NETへの入力時間を減らすといったことで、時間ができ、人がやるべき、より丁寧な対応(相談、見守り、啓発)ができるのではないかと考えました。デジタル化のヒントを得ようと色々な方に話を聞く中で、あるセンターでは「コロナの最中だが、対面で相談したいという方も意外といるんですよ」といった話を聞き、やはり人間らしさが必要な部分もあるのだなあと感じました。
同時に、広域連合の自治体の方からは、ウェブ相談を使い、人口の少ない町村には端末を置き、人口の多い中心市にいる相談員と結んで相談をするといった取組を聞かせていただきました。2つの市町村に1人ずつ相談員がいるよりも、1か所に2人いると交代や対応もしやすいといったお話でした。DXはこれから具体化されていくと思いますが、人口減少のなかでも、デジタルや広域連携を使って乗り越えられる可能性も強く感じました。
4 おわりに ~現場をみる。現場の人の話をきく~
地方協力課長をしていた2年間は、新型コロナの影響で思うように現場へ行くことができませんでした。それでも機会を捉えて、ウェブ会議を使ったり、家の近くのセンターで話を聞かせていただいたり、出張の行程で途中のセンターに寄ってみたりして、行政職員の方、相談員の方の話をじかに聞かせていただきました。まさに、消費者行政の現場が地域にあることを感じることができましたし、施策を考えるヒントもいただきました。この場を借りて多くの皆様に、感謝申し上げたいと思います。
- (※4)消費者庁参事官。消費者庁企画課課長補佐、消費者安全課事故調査室長、総務課広報室長、地方協力課長等を歴任。