寄稿文「消費者裁判手続特例法の制定の経緯と今後の課題等」
加納 克利(※3)
1. はじめに
消費者裁判手続特例法(「消費者の財産的被害等の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」、平成25年法律第96号)は、消費者の財産的被害等を集団的に回復することを目的とし、内閣総理大臣の認定を受けた特定適格消費者団体が、事業者の共通義務について確認をした上で(一段階目の手続)、消費者から授権を受け、債権の届出等をすることによって、消費者の債権の内容を確定する(二段階目の手続)という、いわゆる二段階型の裁判手続について規定する法律です。平成25年12月に成立し(平成28年10月施行)、令和4年5月に改正され(令和5年10月施行)、現時点(令和6年2月29日)で、認定を受けた特定適格消費者団体が4団体、一段階目の手続である共通義務確認の訴えが提起された件数が9件(事業者数)、そのうち、いくつかの案件では特定適格消費者団体の請求が認容され、簡易確定手続において対象消費者への支払を合意する和解が成立するなどしている状況です。
同法では、自ら被害を受けたわけではない特定適格消費者団体が、被害回復に係る裁判手続を追行することとしているほか、一段階目の手続の判決の効力が二段階目の手続に加入した消費者にも及ぶこととしていること等、一般の民事裁判手続と比べ特有の内容を有する制度となっています。
以下では、こうした制度が導入されるに至った経緯及び立案過程における主な検討課題とともに、運用状況を踏まえた今後の課題等について私見を述べます。
2. 適格消費者団体による差止請求制度
(1)制度の導入の経緯
消費者裁判手続特例法の規定に基づく被害回復制度は、消費者契約法の規定に基づき認定を受けた適格消費者団体による差止請求制度とともに消費者団体訴訟制度と総称されることがあります。被害回復制度の手続追行主体である特定適格消費者団体は、適格消費者団体として一定の活動実績があること等の要件に適合し、被害回復裁判手続を追行するのに必要な適格性を有するものとして特定認定を受けた者とされており、差止請求制度と被害回復制度とは密接に関連します。
こうした消費者団体訴訟制度は、消費者契約法制定時の衆参両院における附帯決議(平成12年)や司法制度改革推進計画(平成14年)に見られるように、紛争の最終的な解決手段である裁判手続を消費者にとって利用しやすいものにするという観点から検討が求められたものであり、司法アクセスの改善のための方策の一つとしても位置づけられるものです。消費者政策としては、消費者契約に関する被害は、不当な契約条項の使用や不当な勧誘に関するもの等、同種かつ比較的少額のものが拡散的に多発するという特性が見られることを踏まえ、被害の未然防止・拡大防止を図る観点から、消費者庁が設立される前の平成18年の消費者契約法の改正によって、適格消費者団体による差止請求制度が導入されました。
(2)手続追行主体としての適格消費者団体
ここで、差止請求制度は、適格消費者団体が、事業者等による不特定かつ多数の消費者に対する不当な行為について、その停止又は予防等を求めることができることとし、適格消費者団体に固有の請求権を付与することとしています。こうした構成を採用した理論的な説明は現時点でも難しいのですが、後述するとおり、被害回復制度における特定適格消費者団体も含め、結局のところは政策的な問題に帰着するのではないかと考えられます。一ついえることは、行政から事前に認定を受けた手続追行主体が裁判手続を追行するという枠組は、行政、司法、そして消費者団体がそれぞれの役割を果たしつつ、全体として消費者の利益の擁護を図るというものであり、消費者裁判手続特例法による被害回復制度においても踏襲されています。
(3)差止請求制度の運用と発展
平成19年の制度の運用の開始後、いくつかの適格消費者団体が認定され、訴訟内外における差止請求権の行使により、事業者等の不当な行為の是正や改善が果たされていきます。また、平成20年の景品表示法等の改正及び消費者庁設立後の平成25年の食品表示法の制定により、差止請求の対象として景品表示法、特定商取引法及び食品表示法上の不当な行為が加えられます。それらの法律においては、既に行政による規制及び処分の制度が設けられていたところですが、行政とは別の存在としての消費者団体が、独自の観点から訴訟内外において差止請求権を適切に行使し、和解も含めた柔軟かつ迅速な解決により、全体として制度の実効性を確保し消費者の利益を擁護することが考えられたものであり、これも役割分担の一つの在り方ということができます。
このように、差止請求制度が安定的に運用され発展したことが、次の課題とされていた被害回復制度の創設に繋がった背景の一つとして考えられます。
3. 消費者裁判手続特例法の制定
(1)被害者救済制度の全体像
適格消費者団体による差止請求制度は、消費者被害の未然防止・拡大防止を目的とするものであり、それによって直ちに被害の回復が図られるものではありません。同様に、景品表示法や特定商取引法等の行政規制及び処分によっても、消費者の被害の回復が図られるわけではありません。
このため、差止請求制度の導入時より、被害回復のための制度の導入の必要性が指摘されたところですが、特に、平成20年から21年にかけて消費者庁の設立が検討された際、その頃までに生じた様々な消費者被害の事案を念頭に、総合的な被害者救済制度の創設が課題とされました。十分な検討を要する課題であると考えられたため、消費者庁設立のための関連三法案には盛り込まれませんでしたが、国会における法案の審議の際は重要な論点の一つとされました。
関連三法案の提出及び国会の審議と前後して、当時の内閣府国民生活局に有識者から成る研究会(「集団的消費者被害回復制度等に関する研究会」)を設けるとともに、関連する国内外の制度について、運用状況も含め調査研究に着手したことが、消費者裁判手続特例法の制定に向けた本格的な検討の始まりといえます。同研究会では、関連する制度について整理するとともに、様々な消費者被害の事例について、1被害者の特定が容易か困難か、2被害内容が定型的か個別性が強いか、という二つの観点から四つの類型に分類し、また、何らかの制度を創設するとした場合の当該制度の目的について、個々の被害者の被害の回復を重視するか、違法行為の抑止又は不当な収益のはく奪を重視するか、制度を複線的に設けるか等に関する検討が必要として取りまとめられています。新たな制度設計を検討するに際しては、想定される事案をもとに、視点を整理し、制度の全体像を俯瞰しておくことが有益と考えられます。振り返ってみると、消費者庁設立後の消費者裁判手続特例法の制定のほか、景品表示法における課徴金制度の導入もあり、いくつかの制度の組み合わせにより、事案の類型に応じ対応してきたものということができますが、後述するとおり、残された課題もあると考えられます。
(2)消費者庁設立後の検討
消費者庁設立のための関連三法が成立した際には、国会における修正により、消費者庁及び消費者委員会設置法の附則において、関連三法の施行後3年を目途とした不当な収益のはく奪及び被害者救済のための制度の検討をすべきことが規定されました。これを受け、消費者庁では、平成21年に「集団的消費者被害救済制度研究会」を設置し、内閣府国民生活局における研究会の検討を受け継ぎ、集合訴訟制度に関する手続モデル案の提示並びに行政による経済的不利益賦課制度及び保全制度に関する検討を行いました。ここで「集合訴訟」とは、多数の当事者の同種の請求を糾合する訴訟を意味するもので、消費者裁判手続法にいう「集団的な回復」とほぼ同義ですが、その英訳であるcollective redressというところにもその理念が引き継がれているといえます。また、行政による経済的不利益賦課制度については、主として偽装表示事案を念頭に置きながら、不利益賦課の方法のほか、被害者への配分も見据えた検討が行われています。その後、検討の場は分かれ、集合訴訟制度については、消費者委員会の「集団的消費者被害救済制度専門調査会」での検討を経て、平成25年における消費者裁判手続特例法の制定へと繋がり、行政による経済的不利益賦課制度については、消費者庁における更なる研究会(「消費者の財産被害に係る行政手法研究会」)及び消費者委員会の「景品表示法における不当表示に係る課徴金制度等に関する専門調査会」での検討を経て、平成26年における景品表示法の改正による課徴金制度の導入へと繋がります。
(3)主な検討課題
1 手続追行主体
消費者団体訴訟制度は、その名の通り、自ら被害を受けたわけではない消費者団体が手続追行主体となる点が特徴といえます。消費者裁判手続特例法の立案過程においても、何故に、消費者団体が手続追行主体となることが許容されるのかが検討課題の一つとなりました。前述のとおり、消費者団体訴訟制度全体の問題として、理論的にはなお検討の余地があると思われますが、差止請求制度にせよ、被害回復制度における共通義務確認の訴えにせよ、被害を被った個々の消費者の請求権の成否を直接には左右しないことを前提としており、その限りにおいては、結局のところ、消費者被害の未然防止・拡大防止及び相当多数の消費者被害の回復を図るという政策目的との関係で、どのような主体が担い手として相応しいかという政策的な問題に帰着するものと考えられます。
具体的には、一定の目的の下に組織された体制を整備するとともに消費者問題や法律分野の専門家を擁し、十分な活動実績を有していることなどから、制度の担い手として適切と考えられる者を行政が認定するという枠組を採用しています。行政の認定・監督を適切に行うことにより制度の信頼性を確保しようとするものであるとともに、裁判手続の過程において、手続追行主体としての適格性が争われることにより紛争が長期化することを避けるという側面もあるといえます。また、民間団体として消費者問題に取り組む消費者団体の力を活用するものであり、民間団体が公益的業務を担うものとして法律上位置付けられているという意味合いもあると考えられます。
2 判決の効力が及ぶ範囲と対象事案
次に、消費者裁判手続特例法では、前述した手続モデル案のうち、手続を二段階に分け、手続追行主体が共通争点を確認した後、個々の消費者が手続に加入することができるというモデルを採用しています。このモデルは、消費者が手続に加入することを躊躇しないようにしてその請求を糾合し、手続に要する費用と労力を見合うようにして被害回復と紛争の一回的解決を図ろうとするものですが、一段階目の手続における判決の効力が、何故に二段階目の手続に加入した消費者に及ぶことが許容されるのか、という点が課題となりました。
これは、事業者の応訴負担を過度なものとしないようにしながら、いかにして集団的な消費者被害の回復の実効性を確保するかという問題であり、被告となる事業者等の係争利益の把握可能性等との兼ね合いから、対象事案として消費者契約関係にある場合を基本とすることにしつつ、判決の効力が二段階目の手続に加入した消費者に及ぶこととしています。
こうした枠組を採用することの背景として、一つは、既存の民事裁判の実務においても、当事者が多数に及ぶ大規模な事案では、共通争点に関する審理を先行させて裁判所が一定の心証を形成した上で、個別争点の審理に移行したり和解を勧告するなどの運用がされており、それに馴染むものであったことと、もう一つは、適格消費者団体による差止請求制度も、不特定かつ多数の消費者に対する事業者等の行為を不当なものとしてその停止又は予防等を求めるものであり、被害回復裁判手続における一段階目の手続と実質的に類似しているといえ、安定的な運用が期待できたことがあげられます。また、諸外国の中でも、比較的我が国に近い法体系と理解されている大陸法系の諸国のうち、フランスにおいて、類似する構造の手続を採用する法案が検討されていたことも参考になりました。
3 その他の課題等
その他、消費者裁判手続特例法においては、手続への対象消費者の加入を促すための方策として、事業者に対する対象消費者の住所及び連絡先に関する情報開示のための制度や、簡易迅速に対象消費者の債権の内容を確定させるための手続(簡易確定手続)を設けるなどしています。これらも、一般の民事裁判手続には見られない特有の制度ですが、二段階型の裁判手続という枠組を採用し、一段階目の手続の判決を確定させるとすることに伴って導入したものということができます。
こうした特有の諸制度を導入するに際しては、現行の民事裁判制度との整合性や実務への影響等を勘案して検討を積み重ねる必要があります。立案過程においては、研究会・専門調査会における検討のほか、内閣法制局はもとより、法務省民事局や最高裁判所事務総局といった関係省庁・裁判所、民事訴訟法の研究者、弁護士会、消費者団体、事業者団体との協議や意見交換等を経て検討が行われました。また、与党や国会における議論の中で、修正されたり付け加えられたりした事項もあります。様々な観点からの指摘を受けて検討を繰り返すというプロセスの重要性が改めて認識されます。また、消費者庁内では、担当大臣にも特別の関心を寄せていただいたことや、総務課の手厚いサポート、立案担当者の尽力など、チームワークが結集されたことが思い起こされます。
(4)消費者裁判手続特例法の制定後の動向と残された課題
消費者裁判手続特例法の制定後、関連する政令・内閣府令やガイドライン、最高裁判所規則等の策定を経て、同法は平成28年10月に施行されました。施行後、いくつかの適格消費者団体が特定認定を受けるとともに、共通義務確認の訴えが提起され、特定適格消費者団体の請求を認容する判決が確定するなどし、また、特定適格消費者団体からの任意の申入れにより、事業者が消費者に対する返金等の対応を行うという事例も見られましたが、消費者被害全体の規模等に照らし広がりを欠くものと考えられ、消費者庁に設けられた「消費者裁判手続特例法等に関する検討会」での検討を経て、令和4年の改正により、対象事案及び被告の範囲の拡大や、一段階目の手続における和解の早期柔軟化、消費者に対する情報提供方法の充実、特定適格消費者団体を支援する法人を認定する制度の導入等、被害回復制度の機能強化が図られました。改正法は令和5年10月に施行されています。制度の実効性が一層高まり、より多くの消費者の被害回復に繋がることが期待されます。
5. 残された課題と消費者庁が果たすべき役割
(1)適格消費者団体に対する支援
一つは、制度の担い手である適格消費者団体又は特定適格消費者団体に対する適切な支援を行うことが必要と考えられます。制度の周知・広報や事務負担の軽減、各種の情報提供等の取組が行われてきたところですが、団体の活動に要する資金面の支援を充実化することが重要と指摘されています。これに関しては、令和5年1月から実施されている消費者庁の消費生活相談機能強化促進等補助金の活用など、従来には見られなかった取組が進められており、団体の活動の活性化に繋がることが期待されます。また、改正消費者裁判手続特例法の規定に基づき、令和5年12月に認定された消費者団体訴訟等支援法人の今後の活動も注目されます。
(2)悪質な事案における被害回復の実効性の確保
もう一つは、特に悪質な事案において被害回復の実効性を確保するため、加害者の財産の隠匿・散逸を防止する方策を検討することがあげられます。消費者裁判手続特例法は、被害回復のために民事裁判手続を活用するものですが、いわゆる悪質業者への対処として民事裁判手続に限界があることも否定できません。行政措置等のより迅速かつ強力な措置を導入することが考えられ、そうした指摘や意見も見られるところですが、他方で、制度的な枠組や実効的な運用、執行体制の在り方等、引き続き検討すべき課題も残されていると考えられます。
(3)終わりに
以上に見たとおり、消費者裁判手続特例法の制定とその後の運用は、消費者被害の被害者救済に係る消費者庁の取組の一つとして位置づけられるものです。一定の成果も生じているということができますが、今後、制度を更に発展させるとともに、残された課題も引き続き検討することが必要と考えられます。消費者庁の次の15年後に見える景色に期待したいところです。
- (※3)昭和女子大学専門職大学院福祉社会・経営研究科教授。元・消費者庁消費者制度課長。