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第1部 第3章 第1節 消費者政策における新たな課題

第1部 【特集】消費者庁及び消費者委員会設立10年~消費者政策の進化と今後の展望~

第3章 今後の消費者政策の在り方についての展望

第1節 消費者政策における新たな課題

近年における社会経済情勢の変化や消費者問題の変遷は非常に急激であり、その将来の動向を正確に予見することは極めて困難といえます。一方、高度情報化、国際化、高齢化については、今後もその傾向が続くと考えられ、消費者政策もこれらの傾向に対応していくことが求められるといえます。 このため、今後の消費者政策の在り方を考える上で避けて通ることのできない主要な課題として、1新技術を活用した新たなビジネスモデルへの対応、2消費者問題の国際化への対応、3人口・世帯構成の変化と消費者トラブルに巻き込まれやすい消費者の増加等への対応に加えて、4持続可能な開発目標(SDGs)の実現に向けた貢献といったものが挙げられます。本節では、それぞれの課題について概説するとともに、今後の消費者政策の在り方を考える上でどのような含意があるのかを考えていきます。

新技術を活用した新たなビジネスモデルへの対応

情報通信技術の高度化等の更なる技術革新の進展により、新しいビジネスや従来の制度の枠組みでは捉えきれない商品・サービスが出現しています。

例えば、電子商取引関連技術の発展により、これまでの実店舗での購入に代わって、消費者取引の電子化、モバイル化が一層進展しているほか、電子マネー、スマートフォン決済、暗号資産(仮想通貨)、Fin Tech等の普及により、決済のキャッシュレス化や貯蓄・資産運用手段の高度化が進展しています。また、AI(人工知能)、IoT技術を実装した商品・サービス(スマート家電、自動車の自動運転、ロボット、スマートメーター、MaaS(注81)等)が出現し、消費生活のスマート化、ビックデータを活用した更に利便性の高い商品・サービスの提供等が進展しています。

これらの新しい技術やビジネスは、消費者の利便性を飛躍的に向上させるとともに、従来からの制度・慣行や社会経済構造の大転換をもたらす可能性を秘めています。政府は、これら革新的な技術を最大限活用して人々の暮らしや社会全体を最適化した未来社会(Society 5.0(注82))の実現に向けて、未来投資戦略(注83)に基づき各種の施策を推進しています。消費者政策の観点からも、消費者の安全・安心が確保されることを前提として、消費者の利便性向上に向けて、これらの取組を後押ししていくことが必要です。

他方、こうした新技術の活用拡大等を背景として、既存の法令等が想定・対応していない新しいビジネスモデルが登場してきているほか、個人(注84)が関わる取引形態も多様化・複雑化しています。

典型的な例として、電子商取引やインターネット広告等のデジタル分野において、GAFAに代表されるデジタル・プラットフォーム(以下「PF」という。)事業者が出現し、市場において大きなシェアを占めていることが挙げられます。PF事業者の特質としては、多数の個人や事業者が参加する市場そのものを設計・運営・管理し、商品・サービスの提供者と利用者とのマッチングの促進や履歴データを活用した広告収入等により収益を得ること等が挙げられますが、これにより、個々の利用者にとっての利便性も大きく向上しています。例えば、この点について、インターネットを通じた商品・サービス等の購入(ネットショッピング)について質問した消費者庁「物価モニター調査」(2019年3月調査)の結果をみると、ネットショッピングのメリットとして、「商品・サービス等の検索が容易」(62.1%)、「購入した商品等が指定場所(自宅等)に配送される」(59.8%)、「店舗間又は商品・サービス等の間での価格比較が容易」(55.9%)、「実店舗より商品・サービス等が安価」(54.2%)等が挙げられており、利用頻度の高い人ほどそのメリットを高く評価する傾向があることが分かります(図表I-3-1-1)。

このような利点がある一方、現行の業法規制は、PFビジネスを構成する事業分野の一部の分野、一部のプロセスのみを規律の対象としており、PF事業者が「全体としての取引システムをコントロールしている点に着目」した規律とはなっていません。

PFを介して商品やサービスを取引するPFビジネスには、従来の既存事業者との間で競争条件の同等性が確保されているのか、あるいは既存のビジネスモデルと比較して十分な利用者保護が図られているのかとの観点から議論がなされています(注85)。この点に関し、消費者法制においては、PFを介して商品やサービスを購入する取引では、PFの利用者である個人が消費者に該当する場合、事業者と消費者の間の個別の契約ごとに消費者契約法等が適用されることとなります。また、消費者とPF事業者間の契約に関連しては、PF事業者とPF利用契約を締結している限度で消費者法制が適用されることがあり得ます。また、PF上には個人の取引等に関するデータが集積され、それらを分析してマーケティングに活用するなど新たなビジネスが展開されていますが、これらのデータの集積がビックデータとして解析されることによって経済的価値を生み出す側面については、法的な検討・評価はいまだ十分ではありません。データの取扱いやプロファイリング(購入や検索等の履歴の活用)の在り方によっては、消費者の人格的利益を損なうおそれがあり、また、信用情報等のプロファイリング等により消費者が経済的不利益を被る可能性も指摘されています(図表I-3-1-2)。

また、PFビジネスを始めとする新たなビジネスモデルの発展は、従来からの事業者対消費者(BtoC)の関係だけには収まらない、新たな取引形態をもたらしています。PFビジネスによるマッチング機能の向上により、個人間取引(CtoC)やシェアリングエコノミーの拡大等が進展し、これにより、安全性に問題のある商品・サービスが提供されたり、取引の当事者同士のトラブルが生じたりするなどの問題も生じています。

このように、PFビジネスの普及は利用者に大きな利便性の向上をもたらす一方、利用者の契約・取引をめぐる問題の高度化・複雑化等、新たな課題を提起しています。消費者庁「物価モニター調査」(2019年3月調査)において、ネットショッピングで何らかのトラブルを経験したことがある人にどのようなトラブルに遭ったのかを聞いたところ、「商品・サービス等が破損・不足等していた」(46.4%)、「表示・説明等とは異なる内容だった」(27.1%)、「商品・サービス等が届かなかった(利用できなかった)」(18.3%)等の項目が多く挙げられていました(図表I-3-1-3)。また、同調査において、ネットショッピングを利用する上で事業者に期待することを聞いたところ、「悪質な出店者の取り締まり強化」(54.7%)、「決済情報を含む個人情報の厳格な管理」(49.3%)、「トラブル時の解決・補償対応の改善」(40.7%)、「表示・説明内容の信頼性向上」(39.3%)等の利用者保護に関わる項目が多く挙げられました(図表I-3-1-4)。

以上から、PFビジネスを始めとする新たなビジネスの発展には、そうしたビジネスの利用者にとっての利便性向上の側面とリスクや課題の出現という側面の両方があることが分かります。こうした特徴を踏まえ、両者の適切なバランスを図りながら、消費者に対する啓発を始めとして、消費者政策としての施策展開を図っていくことが考えられます。

消費者問題の国際化

国際化の進展を背景として消費者問題の国際化が進んでおり、今後についてもその傾向が更に加速する可能性が高いと考えられます。また、国際化に加えて、情報通信技術や電子商取引の急速な発展により、消費者が国境を越えた取引を直接行うことが更に身近になっており(第1部第1章第2節参照。)、海外事業者とのトラブルの増加が予想されます。

また、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催を控えて、訪日外国人の増加傾向も続くと考えられます(第1部第1章第2節参照。)。政府は、訪日外国人旅行者数に関する目標として、旅行者数を2020年に4000万人、2030年には6000万人とすることを掲げているほか、それらの旅行者による消費額についても、2020年に8兆円、2030年には15兆円とすること等を目指していますが(注86)、これに伴い、外国人旅行者による消費者トラブルの増加も予想されます。

さらに、近年、日本に在留する外国人の数は増加傾向にあり、外国人労働者の受入れ拡大等に伴い、今後も日本に在留する外国人の数が増加することが見込まれます。これらの人々も、日本国民と同様に消費者トラブルに遭遇することもあることから、在留外国人に関する消費者問題への対応の必要性も増加していくと考えられます。

以上のような状況を踏まえ、国民生活センターにおいて設置・運用されている越境消費者センター(CCJ)や「訪日観光客消費者ホットライン」の役割はますます重要となっていくことが見込まれます。加えて、消費者・生活者としての外国人からの相談に対応するため、各地方公共団体の消費生活センター等における対応能力向上が必要と考えられます。

人口・世帯構成の変化と消費者トラブルに巻き込まれやすい消費者の増加

日本は既に超高齢社会の段階に突入したといわれていますが、今後、高齢化の度合いが更に加速することは確実です。これと同時に核家族化、単身世帯化等の世帯構成の多様化、経済的格差の拡大、地域住民の減少・過疎化等が進んでおり、単身高齢者、障害者、貧困世帯、買物弱者、情報弱者等の社会経済の変化に順応できずに取り残される消費者が増加する可能性が高いと考えられます。

また、2022年4月から成年年齢が20歳から18歳に引き下げられることに伴い、18歳及び19歳の若者については未成年者契約取消権を行使できなくなるため、消費者トラブルに巻き込まれる危険性が高まることが指摘されています。

これらの自立困難で孤立しがちな消費者、あるいは社会的経験に乏しい消費者は、消費者トラブルに巻き込まれる傾向が高く、こうした消費者を保護するための施策やその自立を支援するための取組の重要性は今後ますます高まるといえます。

持続可能な開発目標(SDGs)の実現に向けた貢献

2015年9月に国連の持続可能な開発サミットにおいて「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択されました。2030年までに、「持続可能(サステナブル)」で、「誰一人取り残さない」社会の実現を目指すことが国際目標とされています。日本政府としても、2016年12月に「持続可能で強靱、そして誰一人取り残さない、経済、社会、環境の統合的向上が実現された未来への先駆者を目指す」ことを基本的なビジョンとする「SDGs実施指針」を策定し、八つの優先課題と具体的施策を示して取組を推進しています。

全ての人は消費者であり、消費者の活動規模は社会経済活動全体の中で大きな割合を占めます。SDGsが目指す持続可能で包摂的な社会の実現のため、消費者政策の果たす役割は小さくないといえます。消費者庁としても、全ての消費者が安全・安心で豊かに暮らすことができる社会を実現するという使命の下、消費者基本計画に基づき様々な施策を推進しているところですが、SDGsの実現に寄与するとの観点からの取組を今後更に強化していく必要があります(図表I-3-1-5)。


  • 注81:MaaS(マース)とは"Mobility as a Service"の略。出発地から目的地までの移動ニーズに対して最適な移動手段をシームレスに一つのアプリで提供するなど、移動を単なる手段としてではなく、利用者にとっての一元的なサービスとして捉える概念。
  • 注82:ICTを最大限に活用し、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、人々に豊かさをもたらす「超スマート社会」(「第5期科学技術基本計画」(平成28年1月閣議決定))であり、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会とされている。
  • 注83:「未来投資戦略2017--Society 5.0の実現に向けた改革--」(平成29年6月閣議決定)及び「未来投資戦略2018─「Society 5.0」「データ駆動型社会」への変革─」(平成30年6月閣議決定)。
  • 注84:個人が関わる取引でも、売り手となる個人については既存の法令等が想定する「消費者」に当たらない場合があるため、本章では「個人」、「利用者」の用語も使用している。
  • 注85:経済産業省、公正取引委員会、総務省「デジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会」中間論点整理(2018年12月)
  • 注86:明日の日本を支える観光ビジョン構想会議「明日の日本を支える観光ビジョン」(2016年3月)

担当:参事官(調査研究・国際担当)