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第1部 第3章 第3節(1)若者の関心・ニーズを捉えた取組

第1部 消費者行動・意識と消費者問題の現状

第3章 【特集】若者の消費

第3節 若者の自立支援に向けた取組

(1)若者の関心・ニーズを捉えた取組

消費者教育の取組では、対象者の関心・ニーズを捉えた内容とすることにより、伝えたい情報が対象者に伝わりやすくなります。若者を対象とした消費者教育については、若者の興味や行動に合ったアプローチの手法や関心が高まるタイミングでの実施等の工夫が求められます。この項では、最近の若者が関心を持つ分野を意識し、インターネットを活用し、更に「お笑い」を組み合わせた取組例、若者が消費者トラブルに特に遭いやすい進学、就職といった生活環境の変化時期を捉えた取組例を紹介します。

●「若手芸人」によるネット動画を活用:東京都

○消費者問題に関心の薄い若者にアプローチ

東京都では、東京都消費者教育推進計画(2013年8月策定)に基づき消費者教育を推進しています。計画の中で、特に重点的に取り組む世代・テーマ等の一つとして、若者の消費者被害の防止を掲げています。

若者向けの消費者教育としては、ポスター・リーフレット等を活用した広報活動や、出前講座の実施など、様々な取組を行ってきています。しかし、そのような取組では、そもそも消費者問題に関心の薄い若者には、伝えたい情報が行き渡らないという課題がありました。そこで、既存の発想とは異なるアプローチ手法を検討し、「お笑い」や「インターネット」を活用した消費者教育を実施することとなりました。「お笑いで悪いヤツらをぶっとばせ!」と題し、2013年度から継続して実施しています。

この取組は、若手芸人や学生芸人が悪質商法をテーマに漫才・コントを作成し、消費者被害防止を訴えるというものです。作成された漫才・コントは、公開イベントで披露し、その際に収録した動画をインターネットで公開します。若者にとって身近に感じる同世代の芸人が被害防止を呼び掛けることで、消費者問題に関心の薄い若者も興味を持ってくれることが期待できます。

○漫才・コントの作成から収録イベントの実施まで

事業の実施・運営は外部委託を活用しており、以下のような手順で行っています。

1オーディション

プロの若手芸人と現役の大学生である学生芸人から出演者を募集し、オーディションを実施します。若手芸人には、プロの高いクオリティーとファンへの拡散力、ファンによる友人知人への拡散が期待でき、学生芸人には、同世代からの共感や友人のネットワークによる広がりが期待できます。

審査は、「消費者被害防止につながる内容か」、「面白いか」という項目に加え、2016年度は、各芸人が持つSNSアカウントのフォロワー数を点数化することにより、「発信力・拡散力」を加味して行いました。

2出演作品事前審査

オーディションを通過した漫才・コントの内容に法的な問題がないか、関係法令の引用が適当であるかなど、法律の専門家による事前審査を行います。

3大学祭での啓発お笑いイベント

公開収録イベントに先駆け、都内の大学祭で啓発イベントを実施しています。大学祭でのイベント実施は、若者へより直接的にアプローチするため、2015年度から開始した取組です。2016年度は都内3大学で実施し、2大学では相談コーナーを設け相談も受け付けました。

実施に当たっては、大学のお笑いサークルや、大学祭の実行委員会の学生と協働し、企画・準備を進めています。

4公開収録イベント

若者が多く集まる会場で動画収録を行う、公開収録イベントを行います。2016年度は池袋サンシャインシティ噴水広場で行いました。

有名なお笑い芸人を司会に招くほか、ゆるキャラの着ぐるみ隊も出動するなど、通りすがりの方にも足を止めてもらえるよう集客に努め、イベント自体の啓発効果を高めるようにしています。また、ネタの合間に悪質商法や最近の手口に関する解説を行うなど、消費者被害防止の視点を厚く盛り込んでいます。2016年度は、学生との協働に重点を置き、この解説を都内の大学でメディア系のサークルに所属する学生アナウンサーが行いました。

○インターネット公開

公開収録をした動画は、2016年度は「若者被害防止キャンペーン」の実施期間に合わせて2017年1月から3月までYouTubeで公開しました。2016年度は、前年度までの課題を踏まえ、公開や拡散の手法を工夫しました。

まず、動画の再生回数をより増やす工夫として、掲載動画のリンクをまとめた特設サイトを設け、「再生回数バトル」として見せる画面デザインとしました(図表I-3-3-3)。特設サイトを都のウェブサイトのサーバーに設置したことにより、どのようなリンク元から特設サイトを閲覧したのかを分析することもできます。

また、ディスプレイネットワーク広告を掲出しました。ディスプレイネットワーク広告は、ネットユーザーの閲覧履歴等に合わせてウェブ広告を表示する手法です。18歳から24歳までの都内在住者をターゲットに、特設サイトにリンクするバナー広告を表示しました。この事業や出演する芸人を知らなくても、興味や関心がある、又は年代が近いのではないかと判断されるユーザーに対して広告が表示されるため、潜在的に関心があると想定される若者に訴求する手段として有効です。

さらに、東京都や出演芸人が、SNSを通じて動画や特設サイトの情報を拡散させることで、アクセス数の更なる増加を図っています。

○今後の展開

この取組の課題は、会場アンケートの結果によれば、イベントの観覧者の満足度は高いものの、まだまだ取組自体が多くの人に知られていないことです。特設サイトへの流入履歴や、ディスプレイネットワーク広告の効果などについて、発信力を強化するための分析を行い、次年度以降の事業展開にいかしていく予定です。

東京都では、これまで事業を実施する中で、大学祭での啓発イベント実施やインターネット公開手法の工夫など、試行錯誤を繰り返してきましたが、今後も新たなことに挑戦し、より良い取組として定着させていくことを検討しています。

●高校3年生を対象とした出前講座:兵庫県但馬地域

○県と市町の連携

兵庫県但馬消費生活センターの所管する但馬地域は、兵庫県の日本海側3市2町で構成されており、東京都に匹敵する広さに、およそ16万7000人が暮らしています。また、同地域の総人口のうち、65歳以上が34.1%を占め、県下でも非常に高齢化が進んでいる地域です。

但馬地域の相談体制は、県の消費生活相談員2名と市町の消費生活相談員6名の計8名で広い地域をカバーしています。市町はそれぞれの消費生活相談窓口の他、県の消費生活センターと同じ部屋に3市2町の共同相談窓口「たじま消費者ホットライン」を設けています。県と市町が相談現場を共有し、お互い日常的な接点を多く持つことで協力し合い、それぞれが役割を分担しながら、相談対応や消費者教育に取り組んでいます。

○高校3年生に焦点を当てた出前講座の実施

兵庫県但馬消費生活センターが実施する出前講座は、学校関係での開催が総実施回数の75%を占め、インターネットという概念をまだ認知していない幼稚園児や小学校1年生向けに動画サイトに関する講座を実施するなど、幅広い若年層を対象としています。中でも特徴的なものは、高校3年生を対象とする出前講座です。「卒業する前に~ちょっと待ちねぇ!あぶねぇで!~」というタイトルで実施し、2016年度は6年目になり、但馬地域の全16校中9校で講座を開催しました。高校3年生を対象とするのは、但馬地域の高校生の多くは卒業すると進学等で地元を離れるため、消費者トラブルに遭わず無事に地元に帰ってきてほしい、大人になって幸せになってほしいという願いからです(図表I-3-3-4)。

1回の講座で伝えられることには限りがあります。そのため「消費者問題は身近な問題でいつでも自分に起こりうる」、「消費生活センターという相談窓口がある」、「消費生活センターに相談すれば何とかなる」、「他の誰かのためにも相談することが大切」ということを印象付けることにポイントを絞って、様々な工夫をしています。

1キーワードの掲示や手作りの教材で視覚に訴える

講座のポイントとなるキーワードを黒板に掲示することにより、講座の間を通じて生徒たちの視覚に訴えています。また、キーワードの掲示は講師が順序良く講座を進め、時間配分を考える手助けにもなります。

2クラスごとに実施し、生徒の理解を深める

県と市町の相談員が連携し、できる限りクラス単位の少人数での講座にして、各クラス同時に開催しています。体育館などで学年全体に講義・講演する形式ではなく、いつも授業を受けている教室で実施することにより、生徒が寸劇に参加でき、講師とやり取りすることで理解を深めています(図表I-3-3-4)。

3法律の説明はしない

生徒の興味を引き出すため、あえて法律の説明はしないようにしています。

4実際受けた相談事例を中心に話す

実際に但馬地域で受けた相談事例を基に、生徒や教師が寸劇を演じたり、相談員が一人芝居を行ったりすることで、他人事ではないことを実感できるようにしています。

さらに、高校3年生向けには以下の内容も加えています。

5美容医療(包茎手術)の紙芝居を作成

美容医療(包茎手術)について、正しい知識を持つことの重要性やトラブル事例の背景となる社会の仕組みについて紙芝居を作成し、理解を深めるようにしています。

6消費者被害に限らず若年層に関連する様々な社会問題にも触れる

実社会においては、消費者問題等の背景に所得格差等の様々な社会問題が発生していることを説明し、万一消費者被害に遭ったとしても自己責任であると決めつけて自分を責めるのではなく、勇気を持って相談したり、社会の一員として行動したりすることの大切さを知る機会になるようにしています。

○成果と今後

講師によると、講座実施の前後で生徒の目の輝きが変わったと感じられるときや、学校や保護者から「良い講座だった!来年もお願いしたい!」と言われたとき、受講した生徒から卒業後に相談があったときなどに、出前講座の効果を確認できるとのことです。講師側も「伝わっていた。覚えてくれていた。出前講座をしていて良かった!」と感じ、次の啓発へのモチベーションにつながっているとのことです。

兵庫県での次世代向け消費者教育は、高校は県、小中学校は各市町が行うという一応の役割分担が示されていますが、広い但馬地域においては県と市町が連携して動いている現在の体制が、消費者教育の成果につながっていると考えられます。次世代向け消費者教育はますます重要となっており、より充実した消費者教育を行うためには、日々変化する消費生活相談業務に携わっている相談員の現場感覚がとても重要です。但馬地域では今後も県と各市町が協力し、積極的に消費者教育を実施していくことを予定しています。

●新入社員を対象に事業所と連携した研修:豊田市

○豊田市ならではの事業所の社員向けの啓発活動

豊田市は、愛知県のほぼ中央に位置し、県全体の17.8%を占める広大な面積を有する市です。大きな工場や関連企業がいくつもある「車のまち」としての顔を持ち、1万人を超える若者が市内の事業所の寮で生活しています。事業所の寮生は悪質事業者に狙われやすいことから、豊田消費生活センターでは事業所の社員を対象とした研修を行っています。

消費生活センターによる研修は新入社員研修の一コマとして定番となっており、年度替わりの4月初旬は消費生活相談員7人が総出で各事業所に出向いています。それ以外にも、工場で働く若い工員を取りまとめるリーダーや職場相談員、寮生の世話をする寮務員を対象とした研修講座を行うこともあります。

○事業所の社員向け研修の経緯と重要性

事業所の社員を対象とした研修が始まったのは、1987年頃の出来事がきっかけです。当時、マルチ商法やアポイントメント商法が横行し、市内の寮生の多くが被害に遭っていました。寮生は、他府県から働きに来ているため休日には暇を持て余してしまい、そこに女性から電話での誘いがあれば、これに乗って出掛けてしまうなど、悪質事業者の格好のターゲットとなっていました。大企業の事業所の社員であることから、クレジット審査も比較的通りやすく、2つ、3つと契約を重ね、多重債務に陥ることも珍しくありませんでした。その当時、寮生の押入れには、必ず羽毛布団と浄水器が入っているといわれたほどでした。

この状況を憂慮した消費生活センターの担当行政職員が、ある事業所の人事課に対して、寮生に対する被害未然防止講座の実施を提案し、1987年に初めて寮生対象の研修が実現しました。これを機に、市職員や消費生活相談員が、市内の各事業所に対し、社員向けの研修を実施していることをアピールし、徐々に講座数を増やしていきました。1991年頃から、新入社員研修に消費生活講座が毎年組み込まれるようになり、現在に至っています。他社内で横行していたマルチ商法の被害に遭った社員の消費生活相談に付き添った上司が、消費生活センターで講座を行っていることを知り、翌年からの新入社員研修に消費生活講座を組み入れたというケースもありました。

○事業所の要望を酌み取った研修構成

研修の内容は、基本的には若者向けの消費者トラブル対策を中心に組み立て、そこに必ず多重債務、クレジットやローンについての話を組み込み、お金の使い方について受講者に考えてもらうものにしています。研修でクレジットやローンが借金であると説明すると意外な顔をする受講者は少なくありません。目の前でお金がやり取りされることが少なくなった若者に、「誰でも多重債務者になる」可能性があるということを実感として理解してもらうためには、入社後の定期的な啓発も必要と考えられます。

各事業所からは研修の内容について様々な要望が出されます。いわゆる被害未然防止講座ではなく、多重債務問題について聞かせてほしい、トラブル解決のための専門的、具体的な話を聞かせてほしいなどの事業所ごとの要望を酌み取り、どのようにまとめるかが、講師を務める消費生活相談員の最も苦労するところです。受講者数や時間、男女構成比、未成年者の比率などの把握も重要です。

また、パワーポイントを使ったり、DVDで映像を流したり、クイズ形式の課題に取り組んでもらったりと、受講者が飽きないよう工夫し、レジュメ以外の配布資料は、マンガ形式になったものなどなるべく読みやすいものを選んでいます。講座の中で、新入社員に、教材で用いたマンガの中の登場人物になりきってせりふを読んでもらう即興の寸劇を取り入れ、大変好評を得ています(図表I-3-3-5)。講師を務める消費生活相談員は、このような講座で得た経験や知識を、お互いにフィードバックし、より良い研修となるよう努めています。

○今後の展開

新入社員を対象とした講座の開催数は、経済社会情勢などにより新入社員の数が減少し、また、独自に講座を行う事業所も増えたため、最近では減少しつつありますが、消費生活センターでは、センターが直接研修を行わない事業所にはDVDやパンフレットを提供する形で協力しています。

また、社内研修や社内啓発を行っている事業所から、情報収集のための訪問を受けることもあり、最新のトラブル事例などを紹介しています。

2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災の影響で工場の稼働が休止になり、工員の給料が大幅に下がる可能性が出てきたときには、事業所から「空き時間を利用したライフマネジメント講座を開いてほしい。多重債務だけでなくライフスタイルに応じたお金の使い方について多岐にわたる内容のものを。」との要請を受け、通常消費生活相談員が担当していない範囲の事項も含む内容の講座を3日間続けて数百人を対象に実施しました。

寮生を狙った悪質商法による消費者被害はなくなっていないのが現状です。今後も事業所と綿密かつ柔軟に協力し、若者が笑顔で働けるように啓発業務を展開していくことを予定しています。

●新社会人など若者に必要な情報を入れたグッズによる啓発:名古屋市

○新社会人向け卓上カレンダー

名古屋市では、新しい生活を始めることにより消費者トラブルに巻き込まれやすい新社会人が、トラブルに陥らず仕事に集中するために、また、社会人として必要な消費生活に関する知識を身に付けるために、必要な情報をコンパクトに盛り込んだ卓上カレンダーを作成し、毎年無料で配布しています(図表I-3-3-6)。

新生活開始に合わせた4月始まりの月めくりカレンダーに、金銭管理の方法や給与明細書の見方から始まり、クレジットカードの基礎知識やクーリング・オフの方法、若者によくある消費者トラブルの事例など、新社会人に是非知ってほしい事項についての記事を掲載しています。

大きさはデスクに合わせたB6サイズで、新入社員の方のみならず、企業等の人事担当者からも新入社員研修で配布したいとの声が寄せられ、活用されています。

○若者向け消費者啓発ポスター

若者に多い消費者トラブルについて注意喚起を図るとともに、消費者トラブルに遭ったときにはいち早く消費生活センターに相談するように周知を図るポスターを作成しました(図表I-3-3-6)。「消費者ホットライン」188が記憶に残るようなユニークな図を用いて作成し、市内の全大学等約100校に配布し、学内の掲示板での掲出を依頼しました。

○若者向け消費者啓発DVD「消費者トラさんえいけつブル惨英傑?」

若者が巻き込まれやすいトラブルの対処法や注意点をまとめたDVDは、市内の大学、専門学校、高校などで消費者教育の教材として活用され、大変好評を得ています(図表I-3-3-6)。このDVDでは、地元の若者にも知名度が高く熱狂的なファンがいる「名古屋おもてなし武将隊」の「信長」、「秀吉」、「家康」の三英傑がそれぞれインターネット通販、ワンクリック請求、悪質なマルチ商法という若者が巻き込まれやすいトラブルに遭遇したというユニークな設定になっています。武将隊は、2014年度に地方消費者行政活性化基金を活用して実施した若者向け消費者啓発キャンペーン事業においてキャンペーンキャラクターに起用され、名古屋市の中心部や大学祭など若者が多い場所に出向き、寸劇・クイズなどを通じて、悪質商法の被害に陥らないための啓発を図りました。

図表I-3-3-1大学祭での啓発お笑いイベントの様子

図表I-3-3-2公開収録イベントの様子

図表I-3-3-3「お笑いで悪いヤツらをぶっとばせ!」特設サイト

図表I-3-3-4出前講座の様子

図表I-3-3-5豊田消費生活センターの新入社員向け研修の様子

図表I-3-3-6名古屋市での若者向け消費者教育・啓発グッズ等

担当:参事官(調査研究・国際担当)