第5回 家族とライフスタイルに関する研究会 議事概要



1.日時  平成13年6月22日(金)14:00〜16:00

2.場所  内閣府共用第2特別会議室(第4合同庁舎4階)

3.出席者
(委 員)八代尚宏座長、大村芳昭、喜多村悦史、木村陽子、住田裕子、永瀬伸子、山田昌弘の各委員
(事務局)松下副大臣、池田局長、大石審議官、太田総務課長、井内調査室長
(オブザーバー)坂井前副大臣、男女共同参画局綱木総務課長、浜田参事官

4.議題  報告書についてのディスカッション

5.審議内容

○家族法に関することのうち、特に男女別姓の問題については報告を行い、言いたいことが言えたが、それ以外の離婚であるとか親子関係等についてこの場では十分に発言できなかったことは残念。

○法と経済学というのは今後ともますますあらゆる分野で重要な問題になると思う。

○基本的に人生というのは3つの段階、すなわち幼少期と、それから成人期(生産活動年齢)、そして引退期に分けることができる。そうすると対策としては、簡単に言えば、生産活動期、こういう人達をいかに増やしていくのか、ということであろう。そうしないと高齢化に対応できない。したがって、基本的な方向として、女性や高齢者が働き、就業をする場に、方向にまわる、というのが大変いいことだと思う。そういう意味で、本報告書は、方向としてはこういうことだと思うが、ただ、成人期の人が基本的に稼いで全ての社会をまわしていくんだという、そこのところをはっきり認識しておかないと、何でも負担ができればそこから徴収だ、ということになると少しおかしくなるのではないかという感じがする。そういった意味で、第3号被保険者等に対して負担を求めていくと、これはみんなが、生産年齢期の人がみんなで負担をするという意味でそのとおりだとは思うが、どういう形で負担をしていくのだろうかというあたり、これから詰めていかなければいけないのではないか。また、学生やパート等をどのように扱っていくのか、ということも問題。もう1つは高齢者の問題であるが、やはり今の産業社会ではどうしても引退をして稼ぐことができなくなる人がいるわけであるが、しかしある意味では資産等があるわけであり、1つは医療や介護等における一部負担、こういう問題については将来的には若い人との差はなくしていかなければいけないだろうと思う。もう1つは今回の報告書で取り上げて頂いたけれども、こういうサラリーマン社会であるから自分達で稼いだものは自分達の代で使い切るというのが1つの方向ではないか、と思っており、そういう意味で、いわゆるリバースモーゲージの社会制度化が必要。これは取り上げて頂いたが、今後あらゆるところで議論をして、制度化に向けて検討されることを期待したい。

○短期間の間に家族とライフスタイルに関する研究会として論点を明確にして報告書をまとめあげた点、いろいろ積み残しはあるが、意義深い。

○私自身、男女共同参画会議の議員であり、先般行われた会議でこの報告について、できつつあるというような中間報告を行った。この21世紀、中央省庁再編の中で、男女共同参画会議が内閣府のほうで4つの重大な会議の1つに入り、その中で男女共同参画社会の形成というものが重要なテーマであると位置付けした中で、この研究会がいち早く副大臣のご発案のもと開始されたというのは、非常に意義深い。また副大臣に常に参画頂き、貴重なご意見を頂いたのは、私としては政治の場と、それからいろいろな学際的な研究の場という意味でもこれからのあり方として1つスタイルを築いたのではないかと思う。中身においても、座長のスタイルがかなり反映されている。家族というのはえてして意識の問題が非常に根強く、変わりにくい部分がある。しかし今回は取り巻く状況と家族の変化というのを中心テーマとして、これからのあり方を見据えるという学際的な研究ができたというのは非常に面白かったと思う。今後、エイジフリーやジェンダーフリーというような方向に全体が行く中でも、いくつかの問題点が提起できたのではないか。昨日経済財政諮問会議から基本方針が出たが、その中にもやはり家族の問題が、生活維新プログラムと称して出ており、その中で先駆けになるもの。男女別姓の問題についても、かなりいろいろな論点を含んだ上で前向きな方向でしかも斬新な内容となっているため、是非出来上がった段階ではご参照頂きたいというふうに伝えた。

○短期間の間に大変いろいろな意見が出たものを柔軟に取り入れてある報告書になったのではないか。私自身は、主に女性がどの位離職しているか、それからそれに対して保育をどのように充実したらいいかということを中心に報告を行ったが、その点についても、より柔軟なかたちで、つまり全くのフルタイムで保育園に預けるか、あるいは離職するかという2者選択ではないような方向が書かれているということに関して良かったのではないか。ただ、第3号の問題については、私自身は必ずしもこの報告書とは合致した意見を持っていない。それはどういうことかというと、どこの国においても女性の年金はこれまで低かった。そのことが非常に問題になっていなかったのは60年代である。つまりほとんどの女性が結婚し、夫を通じて保障されるかたちであった。それが急速に変わってきたのが近年のことであり、諸外国でも大きな構造変化がこのところ起きている、また年金上もあるのではないかというふうに感じている。そのことについて、日本は86年から第3号、つまり妻であればそれを保障する、世帯単位で保障するという、非常に独特でユニークな、日本の家族形態を反映した制度をこの時に導入したけれども、それはいろんな意味で現在行き止まりに、つまづきにきているというのは事実。これはどう見ても私には事実だろうと思えるが、その解決の方法が全ての人から負担を取る、それから離婚分割という、この2つの方法、方向というのが果たして道なのかということに関しては、私はもっといろんな選択肢がある中で必ずしもどうなのかなと。そしてまた報告書の中では家事も評価すべきと書いてあるが、私は基本的には育児や介護活動というのと家事活動というのは別のものではないかなというふうに考えている。家事は個人が自分のためにもできる活動であるが、育児や介護というのはある意味では人間の再生産に関わるような活動であって、やや違うのではないかという気もしている。そのような点で、1つの方向性を出したということでは意義深いと思うし、また全体として非常に興味深い内容になっているとは思うけれども、第3号全員から基本的には取ると、そして個人単位化ということを進めると、その他の工夫を入れないとすれば、恐らく女性の年金水準が下がる結果になるのではないかなという、あるいは2者択一を拡大する可能性もあり得るのではないか。

○研究会の中では、経済学と社会学の立場の違いが鮮明になる場面があったけれども、多分基本の考え方はそれほど違わないのではないか。ただ、社会学の立場から言えば、曖昧模糊としたこととか、実感とか、人間は必ずしも経済的合理性だけで行動するものではない、自分が不幸だったら自分を幸福にするのではなくて他人も不幸にしてしまえというような事件も起こっているため、必ずしも合理的ではないところで、それも考慮して頂けたらと考えていた。そういう立場から、やはり、子育て中の現役世代の人の希望をどうつなぐか、というところにもう少し社会として対応できたらな、と考える。最近、デンマーク生まれの社会政策学者のエスピン・アンデルセンという人の本が訳されたが、高齢者に対する公的支出と若い人に対する公的支出の比率の国際比較というものを出していて、例えば出生率が高いアイルランドではそれは1を超えていて、デンマーク、スウェーデンでも0.7、8くらいなのに対し、日本は先進国中最低で0.18という、つまり社会保障的支出というのが高齢者の方に手厚く若い人に非常に冷たい国になっている。同じく、出生率の低いイタリアやスペインなどでも0.3となっている。今の若い人は、子育てをしながら一体何を夢見て希望をもって生活していけばいいのか。高度成長期だったら将来豊かになって家でも買って楽しい家庭、というふうに思えたのであろうが、今はもう男性1人の給料では無理。そうなるとやはりアンデルセンも言っているが、もう共働きでそこそこ豊かな生活をしながら家族で楽しいことを見つけよう、という以外に多分もう道はないのではないか。そのためにもいわゆる今まで高齢者に手厚かったものを若い人達にも手厚いような政策をして頂くように期待する。

○今後やはり第3号の問題をどう考えるか、それから特に女性の年金の低さをどう考えるか、という点は極めて重要であり、今後とも国民生活局で議論する時には検討するに値すると思うので、それについてもう少し議論したい。女性の年金の低さをなんとかしなければならない、特に夫に依存するだけの社会ではなくなった時に、というのはそのとおりであるが、ただ、年金制度というのは私の理解ではある意味で極めて単純なものであり、本来は保険の原理をただ政府が社会的に強制しているだけのもの。しかも、今の年金の考え方というのは拠出金×拠出年数というものである程度決まっていくような仕組みになっている。従って、女性の年金の低さというのは、ある意味で賃金の低さと就業期間の短さを反映したものである。したがって、変えるべきものは年金制度というよりはむしろ労働市場の雇用機会の均等化、賃金の均等化の問題で、それを年金で対応するというのは、そもそもポリシーミックスとして最適なものかどうか。これはよく年金の支給開始年齢を上げる時に高齢者の失業率が高いからだめだという、そういう議論とよく似ているのではないか。やはり労働市場の問題は労働市場で解決する、年金の問題はやはり基本的に維持可能性と、それからある意味で形式的な公平性が重要である、というような考え方というものに対してどう思われるか。また、第3号被保険者に負担を求めるというのはなにも専業主婦に負担を求めているのではなくて、専業主婦の婚姻費用を負担すべき夫に負担を求めているわけである。これは学生の年金も同じで、学生を扶養している親に負担を求めているわけで、それは女性対女性の対立と言うよりは、専業主婦を持っている夫とそれ以外の人のいわば利害対立なのではないか。これは似ているようでもかなり違う点がある。このため、そういう面も含めて、やはり年金分割という形で、夫が責任を持って、離婚した場合や死別した場合についても、専業主婦や働く経験の短い女性の年金の費用を負担するという考え方がまずいのであろうか、というような点も含めてご議論頂きたい。

○まずは、日本の基礎年金、そしてその水準、これはいったい何なのかというのが問題。その水準は、国際的にみて日本がかなり高い。かなり高い水準であるけれども、それをどう負担しているかというと、賦課方式で負担していて、13,300円というかなり高いお金を払わないと年金をもらえない。しかも25年間納め続けないともらえない。これはすごく長い。これが何を意味しているかというと、最低限のものを保障しなければならない人たちには届かない年金になっているということ。つまり、13,300円も払えない、25年も納め続けられない、そういう人たちに対しては何も保障していない年金制度になっている。それを私たちは基礎年金だと思って、これをもらえれば、まあまあ生活できる年金だと思い込んでいるが、実際それがもらえるのはどういう人かというと、一生つつがなく勤めた人とその人の妻がもらえるかもしれないという制度。しかし、本来はそうではなく、幅広く賦課方式として、国の中の助け合いとして作用するべきなのに、現実には、及ぼすべき人には及んでいないという年金の形になっている。
かつて、85年改正の時には何をしたかというと、そういうものを無業の女性に対しても渡そうということだったと思うが、結果的にはある一部の人のところにいく形になった。今、そこからあぶれる人たちが拡大している。保険原理の貫徹、拠出金額と拠出年数でというのは、積立だけであればもちろんそうであるし、再分配部分があまりない場合はそうだと思うけれども、基礎年金というのはある方程式のもとで再分配を行っているものである。そのことを、今の方程式を所与とした上で、働いていない人たちからも全員13,300円をとって、初めて67,000円がもらえるという、それはおかしいのではないかなというのが基本。
 経済財政諮問会議の基本方針でも、再分配的部分を入れるものであれば、アンラッキーだった人にはある程度行き渡る必要もあるし、育児といった事情で、選択として働かなかった人たちにもある程度のものを保障することが可能となる。例えば、他の国で行われている例としては、賃金が休業でがくんと落ちてしまう年数は除いて計算するとか、あるいは満期をもう少し短く考えるとか、いろいろな方法がありうると思うが、今のままの微調整で、第3号に負担させて年金分割というのは、どうも納得がいかない。

○第3号の問題については、今回の経済財政諮問会議基本方針にも改正のその方向性が明らかに出されており、これが短期的な話なのか、中期的な話なのかはともかくとして、改正すべき。その中でどのように公正で中立性のある制度にするかということを模索するべき。今の制度を全く無いものとし一からやるものとして斬新なアイデアを出している学者もいるが、当然、社会保障の仕組みでは、現在の世代は一種の期待権を持っているところであり、急激に変えることは好ましくない。一方で、私たちくらいの世代であれば、当然対応可能になってくると思うので、そのあたりに対してはきちっとした形で整理できるのではないか。高齢者と若い人とのそういう意味でのエイジフリーみたいなもの、中立性が高められていくべきではないか。現行制度を細かく知らないのは逆に幸せで、大胆なことを言えるのではないか。私としては、今まで入っていなかった民法の視点からは、だめだと言われていたものができるはずだというところまで提言したのだが、どういう制度設計ができるのかということは専門家にゆだねないといけない。いずれにせよ、色々な場で議論していくことは重要。

○根本の問題は、厚生労働省が、この基礎年金の問題も含めた年金について、保険なのか、所得再分配なのかということを都合がいいときに使い分け、ある時は保険だから自己責任に基づいて自助努力のあった人に給付するのが当然だと言いながら、別の時には再分配だからといって、今まで明確にしてこなかったこと。
再分配なら育児負担・介護負担をしている方に手厚くやるという考え方もある。一方、私の考え方は単純で、これは純然たる保険にしてしまうというもの。そして、所得再分配は別の仕組みでやる。例えば、最低生活保障に変えた生活保護等である。これはその根本にはもちろん積立方式というのがあるが、賦課方式にするのであっても、これは基本的に強制保険でやるという保険原理に基づくもので考える必要がある。
 つまり、そこの基本の議論がはっきりしていないから、議論がいつまでたってもかみあわない。単純に保険で考えるという意見は少数意見かもしれないが、とにかく、あるときは再分配で、あるときは保険だという議論を繰り返していくと収拾がつかなくなる。もし再分配だというのであれば、目的税の税方式でいいわけ。目的税の税方式に対して、厚生労働省は、いやこれは自助努力だから税はだめだと言いながら、では、保険でいいのですかと言えば、いやそうではない、再分配がいるのだという、こういう議論を繰り返してきたわけ。

○論点がごっちゃになることは確かに多い。ただ、やるべきことはだいぶ決まっていて、例えば、男女の年金格差を問題にする観点からは、納付期間をどうやって、納付しない期間をどうやってみなすのか。それから、所得再分配の程度を強くするのかといったことが起こってくると思うけれども、年金を通じての所得再分配がうまくいくのかどうかということは見極めなければならない。ただ、納付期間については、男女に関わらず、育児期間や介護期間について保険料非納付期間にするということは、これは先進諸国でも80年代に強くなっていることで、この点については合意を得やすいのかなと思う。ただ、財産法の今の制度の仕組みというのは、真っ白になるくらい組み直すほうがいい。

○まず、保険なのか再分配なのかということは、これは両方のものがミックスしているということで、説明がなかなか一貫しない。例えば、仮に保険原理に徹したとした場合、子育てしている人の保険料をまけようよということは、これはもう既にやっているが、どう説明するのだろうか、というような色々なものが入ってきている。また、基礎年金の水準については、生活保護に比べて低いではないかということは色々なところで議論が出ている。これも、いくつかの考えがあり、年金というのはみんなに共通の一定額のものがあるべきなのか、それとも従前の現役時代の所得の一定割合といったようなものなのか、まあ、所得代替率というような考え方がある。今までは後者の考え方できている。そういうことからいくと、基礎年金の水準というのはいったい何かというと、昭和60年に設定したときは5万円で、これはたまたま当時の基礎的な消費かなにかであったが、実は、当時の国民年金がたまたま5万円だったと。国民年金をベースにせざるを得ないということで、それをそのまま引っ張ってきたということ。そうすると、年金だけで老後を食べられるかというと、それは食べられないというのが前提になっているわけであり、したがって、年金のほかに個人の貯蓄であるとか、あるいは資産を取り崩すとか、リバースモーゲージも必要ではないかということになっていく。
 それから、第3号の保険料負担であるが、これは先程の話にもあったとおり、主婦は所得がないけれども、家庭にはある。私はいわゆる生産年齢人口、それが何歳から何歳までかはまた考えなければならないが、現役期と言われている人たちが基本的に全て負担するのだと思う。ただしそうはいっても、子育てだとか介護だとかといった人は、主婦とかそういう区分ではなく、共通に保険料負担は何とか別に考える、すなわち、免除するなりどこかで手当てを出すということをするのが政策として問題となるのではないか。そこで、いわゆる3号という問題については片付くとした場合に、では保険料をどういうふうに取るのかという問題がある。そこで、3号の他に現役と言われる人たち、すなわちフリーターであるとか、そういう人がおり、そういう人についてもみんなで負担するべきではないかというのがこれからの議論になる。税方式という場合にはこれは解決するわけであるが、社会保険方式の場合にどうやってやっていけるのかというのがこれからの議論になっていくのではないか。

○年金に関して、離婚したらどうなるかとか、再婚したらどうなるかというようなシミュレーションをしてみると面白かったのではないか。今の20代の人で結婚しない人は約2割であって、結婚しても離婚をする人が3割、でも昨日の発表のデータだと3割ではすまない。3から4割くらいの人が離婚をするとなると、結婚して離婚しない人は2人に1人であって、その中で片働きでずっといくと人は、今の20代で1から2割いるかどうか。そういう人たちを前提にした制度はもう合わないのではないか。

○今の年金制度は若い奥さんをもらうことへの補助金である。つまり、59歳の人が30歳の女性と結婚してすぐに亡くなると、30歳の女性は生涯、遺族年金を、本人の4分の3の額をもらえる。これはもちろん厚生省が意図したことではなくて、制度が、夫婦というものは結婚したら離婚しないということを前提にできているからである。

○昭和55年頃、大平内閣のときに家族の議論があった。あの頃大蔵省の財政金融研究所でも色々な報告書が出た。そのころの報告書は、家族に全体を戻していくという感じがあり、例えば、学校給食廃止とか、所得税減税とか家族の資産蓄積とか、そういうことを書いていた。ところが、一方で世の中は変わってきており、家事労働代替みたいな話になっている。今回の経済財政諮問会議でも個人単位の議論が出ているし、夫婦別姓の話もいろいろなところで出るし、第3号被保険者とか個人年金もいろいろ出てくるが、やはり、家族というものの形が変わってきているのだという前提を認識してもらわないと、例えば、夫婦別姓の議論の中でも、家族を崩壊させるみたいな議論になってしまう傾向がある。これからの新しい家族というものがどういう形になっていくかということをまずとらえないと、感情的なすれ違いだけになってしまうのではないか。そういう意味では、今回の報告書を見ても、「経済的相互依存関係」から「精神的依存関係」に家族は変わっていくとか、そういう一つの方向性を打ち出してきているということは、そういう認識がみんなに定着していけば、個々の政策議論をするときでも感情的にならなくてすむのではないか。それで私は、これからの社会は、民間企業でもそうであるが、一回分解して、また再編したり、再編してまた分解したりという感じで、個人が自由に独立していく社会になるのではないかと。例えば、社会保険でもそうであるし、私はよく係累からの解放と言っているが、不動産に個人が縛られているというのはおかしいということで、不動産の証券化や、買い替え税制、住宅税制を進めてきたわけだが、むしろ個人が不動産に縛られたり、家庭に係累的な意味で縛られたりするのではなくて、できるだけ解放してあげて、精神的なつながりを持つ家族形態を考えていかなければいけないのではないか。そういう意味では、コンパクトに、かつ要領よくヨコ、タテ全部分析して、こういう報告書ができたことは心からうれしく思う。また、帰属所得の問題とか書いてあったり、こういうところもこれからの大きな課題であるし、そういうところにもメスを入れて議論を展開していくことは、本当に心からうれしく思う。ただ、相続の問題、中小企業承継税制とか、本当は、民法の中でも遺留分の問題とか、そういうところももう少し時間があれば掘り下げてもらいたかった。こういうことを今後の課題とし、こういう議論が男女共同参画とか、経済財政諮問会議のバックボーンになった思想として、個々の政策が打ち出されていくということを望みたい。

○私は、遺留分の問題、相続税の問題、そして生活保護の問題を取り上げるべきではなかったかなという気がしている。今、一番家族の扶養義務というのが強烈に効いているのが生活保護の規定である。そういう観点、あらゆる観点から、まだまだもう少し家族について検討する余地はある。

○経済財政諮問会議の基本方針においても、男女共同参画社会構築のための色々な改革の道筋が示されているが、その起爆剤となったのが、ここの議論があったのではないか。後はこれを政策にきちっと移して、実行していくことが大事。幸い、男女共同参画会議の中でいろいろな仕組みを作っており、一府十二省庁の中に、それぞれが男女共同参画推進会議というものを作って、副大臣を本部長としてそれぞれの分野での政策の具体化、実現に向けての取り組みをする仕組みを作ったので、全体としてドライブがかかっていくようにしていきたい。

○報告書については、会議終了後公表することとして散会。

以上
 なお、本議事概要は、速報のため、事後修正の可能性がある。
(連絡先)内閣府国民生活局総務課調査室
補佐 中垣
担当 出口、宍戸
TEL 3581−9369(直通)