平成25年版消費者白書

2009年9月に消費者庁・消費者委員会が発足してから3年9か月がたちました。消費者庁の設置等を目的とする消費者庁関連3法1)の成立は、各領域での事業者の保護育成を通して国民経済の発展を図ってきた旧来の各府省庁縦割りの仕組みを見直して、生産者サイドから消費者・生活者サイドへ視点を転換し消費者目線に立った行政組織を創設する行政の転換点となりました。消費者庁は、消費者団体を始め関係団体の長年の思い・活動が結実したものであり、そこに至る過程には消費者問題、消費者運動を巡る長い道のりがありました。

古来、多くの人々は、必要なものを自分たちで作り、自分たちで使う自給自足の生活を送っており、いわばそれぞれが生産者であると同時に消費者であり、「消費者」という明確な概念は存在していませんでした。人々は必要とする食料、衣料などを自給自足で生産し、足りないものは他グループとの物々交換により、また貨幣が普及したのちは貨幣を介した取引により入手していました。こうした時代の取引ルールは、古代ローマ法で「買主、注意せよ」(caveat emptor)とされていたように、商品を買う側が、不良品、粗悪品ではないか十分に注意し、自己責任で取引するというものでしたが、それは取引の対象となる商品が農産物や簡易な工芸品など、取引当事者同士がその良し悪しを容易に判断できるもので、また売主と買主の間にそれほどの情報力や交渉力の格差が存在しないことで成り立つものでした。

やがて人口や生産力が増大し、市場が常設化するようになると、「作る人」「売る人」と「買う人」が分化し、さらに時代が下って産業革命を経たイギリスを始めとした欧米諸国を中心に様々な製品の大量生産が可能になると、時代は大量生産、大量消費の社会へと向かい、「生産者」と「消費者」の違いが明確に意識されるようになっていきます。

特に20世紀半ばに大量生産・大量消費において世界の最先進国であったアメリカでは、経済発展により人々が豊富な商品を手に入れることが可能となり、世界に先んじて物質的に豊かな社会を作り上げていましたが、一方で大規模な工場で大量生産された自動車や食品などにひとたび欠陥が生じると、同種の被害が広範囲にわたり大量に生じるという、現代的な消費者事故が発生するようになっていきます。こうした問題は「消費者問題」として捉えられるようになり、第二次世界大戦後の西側諸国を中心とした市民運動の高まりとともに、大量生産・大量消費がもたらした新たな課題である消費者問題への対応が市民の側から行政に対し求められるようになります。このような時代的要請のなか、アメリカでは1962年にケネディ大統領が「消費者の利益の保護に関する連邦議会への特別教書」において、① 安全への権利(the right tosafety)、②情報を与えられる権利(theright to be informed)、③選択をする権利(the right to choose)、④意見を聴かれる権利(the right to be heard)の4つの権利を提示し、消費者とは国民全てであり、連邦政府は消費者の権利を擁護する責務があると宣言したことで、世界各国の消費者行政が始まったとされています。

我が国においても、終戦直後の深刻な食糧危機やインフレによる貧しい時代を経て、1960年代の高度成長期になると、欧米諸国の後を追って大量生産・大量消費の時代へと経済が拡大していきましたが、それと前後して、1955年の「森永ヒ素ミルク中毒事件」2)、1960年の「ニセ牛缶事件」3)、1962年の「サリドマイド事件」4)、1968年の「カネミ油症事件」5)など消費者被害が多発し全国的に社会問題となりました。こうした消費者問題を背景として、国民の間で消費者問題や消費者教育への関心が高まり、1965年には消費者政策を担当する政府の部局として、経済企画庁に「国民生活局」「消費者行政課」が設置され、また1968年に制定された「消費者保護基本法」では、消費者を保護すべき対象として、国・地方公共団体・事業者の責務と役割分担が定められました。個別分野においても、1960年代に「薬事法」「割賦販売法」「景品表示法」「家庭用品品質表示法」といった消費者関連法が相次いで制定されました。さらに1970年には消費者問題に関する情報提供や苦情相談対応、商品テスト、教育研修を行う特殊法人として「国民生活センター」6)が設立され、それと前後して全国各地の地方公共団体に消費生活センターが設置されていったことで、消費者行政、消費者法制の骨格が形成されていきます。

その後、1973年のオイルショックを経て日本経済が高度成長から安定成長へ移行する中で、消費のサービス化・国際化が進むと、消費者問題の性格も変化していきます。1970年代後半から1980年代前半のサラ金問題、1985年の「豊田商事事件」7)、また1980年代後半には各種の悪質商法が問題化し、1983年の「貸金業の規制等に関する法律」(現・貸金業法)や1986年の「預託法」などが制定されていきます。1990年代になると消費者と事業者の間の情報の質・量及び交渉力の格差を前提として、1994年の「製造物責任法」、2000年の「消費者契約法」などが制定され、また2001年のBSE(牛海綿状脳症)問題を契機として、2003年政定の食品安全基本法に基づき、同年、内閣府に「食品安全委員会」が設置されました。

個別分野において法制度の充実が進む一方、経済成長や規制改革の推進、高度情報化や国際化など消費者を取り巻く環境は著しく変化を遂げ、消費者政策に対しても時代の変化に合わせた変革が求められるようになります。それまでの消費者政策は、事業者を業法等に基づき規制することで消費者を「保護」し、その利益の擁護・増進を図るものでしたが、こうした従来の消費者政策の考え方を抜本的に見直し、21世紀にふさわしい消費者政策として再構築することが求められました。こうした消費者政策の在り方についての国民生活審議会(消費者政策部会)や各政党での議論を経て、2004年に「消費者保護基本法」の改正により、消費者の権利の尊重とその自立の支援を基本理念とする「消費者基本法」が制定されるに至ります。

さらに、行政組織に関しても、「消費者を主役とする政府の舵取り役」として、これまでの縦割り的体制に対して、消費者行政を一元化する新組織の創設を目的として、2009年に消費者庁設置を始めとする消費者庁関連3法が制定されました。

一方で、消費者問題への対応は、行政組織や消費者法制を整備しただけでは十分なものではありません。私たちは、日常生活を送る上で食事をする、衣服を着る、街で買い物をする、電車や車で通勤・通学する、本やテレビ、インターネットなどで娯楽を楽しむ、電話で家族や友人と連絡を取るなど、日々数多くの消費活動を行っています。また、国際化・情報化が高度に進んだ現代社会では、膨大な量のモノ、カネ、情報が急速なスピードで広範囲に流通していき、消費活動もその流れの中で相互依存関係を深めています。こうした消費活動をより良いものにしていくためには、行政・法律頼みではなく、消費者一人一人が「市民」「消費者」としての自覚を持ち、受け身ではなく主体的に消費社会に参画していくことが求められます。

こうした状況を背景として、欧米において「消費者市民社会」(Consumer Citizenship)という考え方が生まれました。これは、個人が消費者・生活者として、社会問題など様々な状況を考慮することによって、社会の発展と改善に積極的に参加する社会とされています。例えば、現代の大量生産・大量消費社会は地球環境に大きな負荷をかけていますが、将来世代に受け継いでいけるような持続可能な社会の形成のためには、消費者一人一人が自分自身の欲求のままに消費活動を続けるのではなく、家族や地域、ひいては国や地球全体の環境保全を意識して、環境に配慮した商品・サービスを選択するなど主体的・能動的に消費行動を行う必要があります。こうした消費者市民社会の実現のためには、消費行動を通じて積極的に社会に参加する消費者市民が増えることが必要であり、そのためには学校や地域などでの消費者教育が重要となります。このため、2012年には消費者教育の基本理念などを定めた「消費者教育推進法」が制定されています。

なお、この消費者教育推進法の制定に合わせて消費者基本法が改正され、政府が講じた消費者政策の実施状況を年次報告として国会に報告することが定められました。今回の「平成24年度消費者政策の実施の状況」は、本規定に基づき法定白書として刊行される初の「消費者白書」です。

以下では、第1部において最近の消費者問題の現状、特に近年深刻化している高齢者の消費者トラブルに焦点を当てて概説し、第2部において2012年度を中心とする最近の消費者政策の動向について、政策分野ごとに解説していきます。


1)

消費者庁関連3法とは、①「消費者庁及び消費者委員会設置法」、②「消費者庁及び消費者委員会設置法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律」、③「消費者安全法」。①は、内閣府の外局として「消費者庁」を設置し、その審議会としてではなく、内閣府の審議会として「消費者委員会」を設置するというもの。②は、従来各府省が所管していた「表示」や「取引」、「安全」に関する消費者に身近な法律を消費者庁に移管するというもの。③は、地方公共団体に消費生活センターを設置し、同センター等を通じて消費者事故情報を消費者庁へ一元的に集約すること、また、消費者庁による各省庁への措置要求等の調整権限、いわゆる「すき間事案」に対処する消費者庁の勧告・命令権限等を付与するもの。

2)

ヒ素の混入した粉ミルクを飲用した乳幼児に多数の死者、中毒患者が出た事件。

3)

コンビーフや牛肉大和煮等、消費者が通常「牛肉」と認識する表示のある缶詰の約9割が馬肉や鯨肉であることが判明した事件。

4)

妊婦が睡眠・鎮静剤としてサリドマイドを服用した際に肢体の不自由な子どもが多数生まれた事件。

5)

食用油の製造過程でPCB(ポリ塩化ビフェニル)等が混入してダイオキシンに変化し、それを摂取した人々に皮膚障害等の中毒症が発生した事件。

6)

「商品テスト」は1972年から、「教育研修」は1971年から実施されている。

7)

金の現物まがい取引による悪質商法事件。

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