平成25年版消費者白書

コラム10

便利になった機械と危険

消費者庁消費者安全調査委員会
委員長 畑村洋太郎

身の回りにある機械はとても便利で安全なものになりました。人が何もしなくても機械が望み通りにやってくれるのです。

身近な例を2つ挙げましょう。1つ目の例が炊飯器です。お米を洗って炊飯器に入れ、ボタンを押してしばらくすれば美味しいご飯が炊けます。しかも季節に応じて炊き上がり時間を調整してくれるので、いつも美味しいご飯を食べることができます。昔はガスコンロの上にお釜を載せて、火加減をしながらご飯を炊きましたが、約半世紀前に電気自動炊飯器が登場し、だんだんと機能が追加されて、今のように便利なものになりました。

2つ目の例がカーナビです。多くの人が自動車にカーナビを付けるようになりました。カーナビに目的地の住所、電話番号や施設名を入力すると、最適なルートを画面の地図上に表示し、目的地まで案内してくれます。実際に走り始めると、位置に応じて画面の地図が移り変わり、一時停止や踏切など注意を要する場所に近付くと音声で注意を促したり、右左折が近付くと指示したりしてくれます。予め目的地の場所を地図で調べて経路を考え、地図と経路、また経路沿いや曲がり角の目標物を頭に入れてから出発する必要などなくなりました。このようなカーナビの便利さを享受するうちに、人間の頭の中は“空っぽ”になり、自動車の運転操作はできてもカーナビが故障すると目的地に行けないという、本末転倒が起こっているのです。

このように機械が人間の肩代りをし、人間が考える必要がなくなるほど便利になる一方で、人間と機械が接するところでの事故も増えています。機械は発達して便利なものになると共に、その安全性も向上しました。しかし、機械を作るのは人間です。機械を作る人が考えもしなかった使い方をすれば事故が起こってしまいます。すると、機械を作る人が安全性を高めるために懸命に努力し、より安全な機械を作ります。しかし、そうすると人間は機械がより安全なものとして扱うようになります。このように人間と機械の間で“いたちごっこ”が起こっているのです。

たとえば電車のドアを考えてみましょう。ドアが閉まりかけているところに乗客が駆け込んだり、鞄や傘を挟んでドアを開けようとする光景をよく見かけます。このような行為は、電車のドアが何かを挟んだ時に開くようにした安全の仕組みを人が逆手に取っているのです。実際は、挟んだ物の大きさや位置によってセンサが感知しない場合があり、そのような場合はドアがもう一度開くこともありませんし、乗務員がその状況に気付かなければ電車は発車してしまいます。このように、利用する人間の理解と機械が実際に分担しているところがずれているところで事故が発生するのです。

今後このような事故を減らすには、機械が分担するのはどこまでで、どこにどのような危険があるかなど、機械との接し方を一人一人が理解する努力が必要だと思います。

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